「つまらないものですが」が、ずっと苦手だった。

決められた言葉を使うことが違和感だった。

 

こういうときには、こういうふうに言わなければいけない。

こういうふうなことを言葉にしなければ、失礼にあたるから、って。

 

でも、完璧にテンプレートで武装して

受かった会社で、愚痴を肴に飲み歩く毎日になったときから?

 

思ってもいない言葉を吐き続けているなかで、

言葉が「あれ」しか出てこなくなったときから?

 

それとも、「つまらないものですが」って言って、

義父母に差し出したお菓子で、盛大にコップのお茶をぶちまけてしまったときから・・・?

 

 

「正しいと決められた言葉を使えばうまくいく」

 

 

なんて、昔の日本人は思ってなかった気がするのです。

 

なぜなら、「言霊」という言葉には、霊という字が入っているから。

そのひとの、魂みたいなもの・・・

 

いくら並べた言葉が美しく見えても

 

そこに込められたものが本物でなければ、届かない。

届いても、それは、やっぱりなんだかむなしい気持ちになってしまう。

 

だからどんな言葉であっても、

 

「その言葉に、その人の魂が通っているかどうか」

 

昔の日本人はそれを、大事にしていたんじゃないかなと思うのです。

 

どんなに、未熟な言葉でも、

赤ちゃんがあーうーとか言った言葉さえも、泣きたくなること

変な誤字がふと入っていて、笑ってしまうこと

つっけんどんな言葉なのに、好きになってしまうこと

 

 

だから、こういうテンプレートでやるのが、日本だ、

って言われるたびに、なんだか悲しい気持ちになったのは

 

私の中にいる、ここまで生きてきたひとたちの感覚なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 




         

 

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今日はおうちに帰る

 

 

 

 

 

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