星屑珈琲

 

ある日、一通の葉書が私のもとに届いた。

 

見覚えのあるカフェレストランが描かれたはがきと、メールのやりとりが主流になった今、わざわざ手書きで送るその人柄で、宛名を見ずとも、誰からのものかを理解した。

 

内容は、腰痛でお店をたたむことにしたので、このお店の最後の日に、今までこのお店を支えてくれたスタッフをささやかなパーティーに招待したい、というものだった。

私は何日もさんざん悩んだあげく、参加に〇をつけて、葉書を送り返した。

 

 

それが、魔法使いになるはじまりとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

こもれびが降り注ぐ森の中の隠れ家が、そのカフェレストランだった。パスタと珈琲が絶品で、どこかの有名店で修業をつんだらしいという初老の穏やかで無口なシェフが、店長のお店だった。

 

森の中にゆったりとスペースをとり、決して安くはないパスタと珈琲を求めて、ほとんどいつも満席だった。

けれども忙しいお店にありがちなあわただしさはなく、シェフもスタッフも、お客さんまでも穏やかな人が多く、ゆっくり時が流れるレストランで、どんくさくて口下手な私も、落ち着いて接客をすることができた。人生はじめてのアルバイト先はとても恵まれており、接客とは何か、というのをたくさん学ばせていただいた、恩人の店だ。

 

久しぶりに訪れたお店は、大学時代とかわらない温かさでそこにあって、パーティーといえど堅苦しい雰囲気のものではなく、いつものお店の様子でほっとする。出迎えてくれたシェフは、あいかわらず無口でだけどそれが、力の入った肩をほぐしてくれた。

 

お招きのお礼や腰の具合は、など、いくつかの言葉を交わしながら店の中に入っていくと、すでに二十人ほどが来ており、見知った顔もちらほら。別段仲の良いスタッフもいなかったので、はしっこの目立たない席に座る。シェフは私に珈琲を淹れてくれた。

 

テーブルとイスの配置は当時のお店のままだったけれども、並べられた料理を取りに行くビュッフェのような形式で、シェフの作った自慢のパスタが色んな種類と、いくつかのドルチェが食べられる。シェフは珈琲を色んな人に順番に配っては、懐かしい面々と言葉を静かに交わしていた。

 

そんな中、シェフ以外で一人、囲まれて輪の中で話す女性が目に入る。山吹先輩だ…。

アルバイト時代からとても明るく美人な先輩だったけれど、あれから十年以上経ったにもかかわらず、あの時にさらに大人の魅力が加わったという感じで、とてもきれいで、まぶしくて、太陽なのに月のようでもあり。キッチンを任されていた同期の男性スタッフも思わず席を立って話しかけにいく・・・そんな様子だった。

 

そして私がもっとも苦手だったこと・・・

 

「あ、もりっち!」

 

山吹先輩は私を見つけて、輪の中から端っこの方に、わざわざ来てくれた。

 

「元気にしてた?」

 

そう、この先輩はとてもやさしい・・・。私なんてクラスでも底辺で、一方常に輪の中心にいるような先輩が、私のこともいつも気にかけてくれていた。なのに私はひそかに片想いだった先輩がこの先輩と付き合ったのをきっかけに(しかもそれは数週間しか続かず、好きだった先輩はこのアルバイトを辞めてしまった)美人ならなんでもできていいよね、とひがんでいた。

 

だけどそう思えば思うほど、その一方で自分は・・・と、嫌になるばかり。いっそのこと、無視してくれた方がまだよかった。せめて性格に難のある人なら、色々納得できたのに。みじめにならずにすんだのに。

そしてその劣等感はその時に引き戻されたかのように今日も色濃く表れた。

 

それは、先輩の左手の薬指に光るもの。

 

どろどろとしたものが、胸の奥にひろがる・・・そして、やめておけばいいのに、思わず言葉が口から出る。

「山吹先輩、ご結婚されたんですね」

先輩は少し照れる。

「そうなんだ。いま子供二人育ててる」

墨汁を倒したかのように、際限なく黒いしみが広がった。

 

でも山吹先輩は何も気づかず、話しかけてくる。

「もりっちは?今何してるの?」

私は押し黙る。いやだ。この人に答えたくない・・・だって私は今・・・。

 

でも、答えなければよけいみじめになる・・・。

 

「む・・・・無職です・・・」

 

ようやく絞り出した声に、

「ん?」

聞こえなかったのかもしれない、でもきょとんとした山吹先輩をみて、本当にイラっとして、もう何かコーヒーでもぶちまけてしまいたくなったその時。

 

からんからん。

 

扉が開いて、黒ずくめの女性が現れた。

 

「遅刻しました」

 

と、ぼそぼそしゃべっている。前髪は目をおおい隠すほど長く、暗い雰囲気をまとっているその女性は、朽木先輩だった。

「くっちー!」

山吹先輩がだーっとかけ寄る。

「ど、どうも・・」

けおされながら返事をする朽木先輩は、ひたすら人の目を見ない。社会人になったらどうなるんだろう、とスタッフから心配をよくされていた朽木先輩は相変わらず朽木先輩で、私はようやく息が吸えたような心地になる。

 

朽木先輩は大学の先輩でもあり、人見知りでバイト先が決まらなくて・・・と嘆いていた私に親身になり、ここを紹介してくれた先輩だった。

 

「くっちー、今何してるの?」

 

あいかわらずどんどん行く山吹先輩、でも私もたしかにそれはとても気になる話だった。

 

すると朽木先輩は何の迷いもなく、ぼそぼそと、しかしすっと答えた。

 

「占い師をしています」

 

一瞬、あたりに沈黙が降る。まるで異国の言葉を聴いたかのように、きょとんとする。

 

「え?占い師?」

「朽木さんが?」

「未来視えるの?」

 

山吹先輩の周りにいた人たちが口々に問いかける。しかし朽木先輩は何も動じず、

 

「あ、はい。未来視えます」

 

と答える。またやはり、宇宙語でも聴いたかのようにみんな押し黙る。

 

その間に朽木先輩は、「では、シェフにご挨拶したいので」と言い、すっとその間を抜けて行った。

残されたひとたちは、少しうわさ話のようになり、大丈夫かな、なんか変な宗教入ったんじゃない・・・?騙されてない?など、色々な憶測を交わしていて、山吹先輩も少し心配そうな表情を浮かべていた。

 

私もたしかに、大丈夫かなそれ・・・

と少し思いながら、冷めてしまったパスタをしばらく食べていたが、そのうちに、驚愕のことに気付く。

 

シェフといろいろとぼそぼそと言葉を交わしたあと、朽木先輩は私の隣のテーブルに座り、私に少し微笑みかけてくださったが、その朽木先輩にシェフが持ってきた珈琲の香りが、スペシャルVIPブレンドだったのだ。

 

シェフはお客さんにあわせて微妙にブレンドを変える人で、その中でも特にVIPでこの人には大サービスしたい、という人にだけ出す特別なブレンドがあり、それをスタッフたちは、スペシャルVIPブレンドと呼んでいた。

かつて私も四年間で三回ほどしか出されたのをみたことがない。香りはわかるけれども、どんな理由でそれを出すのかシェフは教えようとはしなかった。けれども、とにかくこの人だけは、という人にだけ出すシェフの最高のおもてなしであることだけは確かだった。

 

それを、朽木先輩に。

自分の珈琲も含めて色んな人の珈琲の香りをかいだけれども、他の人が出されている様子はなく、朽木先輩自体もシェフから贔屓されていたということもなかった。

 

どちらかというと先輩は問題スタッフの方で、遅刻ばかりするし、よくお皿も割っていた。人にはやさしいけれども、私よりどんくさくて、地味で目立たない人だった。

 

しかも、今日一番浮いてしまったようなそんな先輩に、シェフはその最高のおもてなしを贈ったのだ。

私はパーティーが終わるまで、そのことがずっと頭を離れず…

 

 

パーティーが終わったあと、私は思わず、一人になった朽木先輩を、呼び止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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