お金の罪悪感を消すには?ブロックを外すまでの変遷の実体験をお伝えします

2020-04-30_15-03-46_587

空飛ぶ引きこもりライターの千聖(ちさと)です。

今回は、自営業でお仕事をさせていただくようになって、お金に対する考え方が色々変わったな・・・変わって、すごく生きやすくなった、と思うことがあったので、忘れないうちに残しておきたいと思います。

いま、過去の私みたいにお金に対して汚いと思ったりとか、お金をいただくブロックや罪悪感とかがありましたら、この変遷がお役に立てましたらとてもとても嬉しいです。

1、何かを買うことがすごく嫌だった

貯金は常に0円キープで、赤字でリボ払いの月もあるくらい、お金がまったくない・・・

さらに会社がなにもかもうまくいかなくなって、上司から、「あなたの代わりはいくらでもいる」と言われて自主退職みたいな感じで追い詰められていたころ、私はブログをはじめました。

 

ブログに広告を貼って、お金を得るアフィリエイトという方法を知り、文章でお金を得る生活に憧れました。

その広告の商品を文章でおすすめすることで、その商品をご購入いただいたら、私にお金が入る、というようなやり方です。(アフィリエイトの本質については詳しくはこちらに

 

 

つまり、私は誰かに物を買っていただきたかったのですね。

だけれども、その一方で私はその当時、お金がなかったこともあって、物を買うということがすごく嫌いでした。物欲はもともとほとんどなくて、買うとしても本とかゲームくらいで、高い買い物もしたことがありませんでした。

 

日々の生活も、出来るだけ安いものを買う、というのが基準の生活です。

自己投資なんてしたことなかったですし、お金を払うことは、なんていうか、負けたような気分というか・・・

 

それがよくわかるエピソードが、

「他人のアフィリエイトリンクを踏みたくない」

 

というものでした。

Amazonとか楽天とかで買い物をするときに、ブログを書いている人のAmazonリンクとかをクリックしたうえで、Amazonでお買い物をすると、その経由したブロガーさんにお金が入るのですね。

 

そうすると、ブロガーさんがお金を稼ぐことになるじゃないですか??

それがなぜかすごく嫌だったんです・・・!!!

いまから考えると、むしろ自分はブロガーさんには何もお金を払っていないのに、お金を分配できるので、販売者さんも、ブロガーさんもお金が入って、さらに私は欲しかったものがいただける、みんな幸せじゃないか!と思うのですが、当時の私はそう思っていたのです。

 

自分が稼ぎたいと思っているのに、稼げていない、

だから他の人を稼がせるなんて、いやだ!!みたいな気持ちだったのだと思います。

 

でも、自分はお金が欲しい、だから誰かに買ってくれと思っていたのです。

そういう状態の人から商品を買いたいとは思えないですよね・・・なのでもちろん、何もお金は発生しなかったですし、心に余裕がなくて自分自分のことだけ考えていたので、文章も、自己満足になってしまっていました。

 

しかも、そういうふうに考える自分ってなんていうか、汚い・・・という自覚もありました。

自分のことばかり考えていて、すごく醜くて、自分のことが大嫌いで、お金も汚い、醜いもの、邪悪なものというような感覚でした。

 

2、自己投資をしてみる

そこから、もう切羽詰まって、とある人のメルマガに登録しました。

そこで、以下のような旨の話を聴くことになります。

 

「稼ぎたいと思うなら、教材とかを買った方がいい、というのも、何か資格を取ろうと思うなら、資格のための本を買ったりして、勉強をすると思います。でも、自分でその本に書いてある内容をインターネットから拾って来ようと思うと、どれほどの時間がかかるかわかりませんよね。

その分の時間でお金を得られたかもしれないですし、何よりお金は戻ってくるけれど時間は戻ってこない。だから投資したほうがいいです」

 

ブログでお金を稼げるようになったら、投資ししよう

と思っていた私は、そこでがつーんと頭を殴られたみたいな気持ちになりました。

 

たしかに、私は、色々インターネットで調べていたら、あっという間に2・3か月が過ぎていました。

その間報酬ゼロ円だし、何をしていいかもわかっていませんでした。

 

ショックでした。

そして改めて、その当時、大企業に勤めていたり、お金を持っている人たちを見てみると・・・確かに、良く本を買っていたり、教材を買っていたりとか、自己投資をしていました・・・

 

それでもやっぱり、初めての自己投資です。

本当に悩み、詐欺かもしれないと思い、買って後悔しないか、何度も何度も何度も自問自答して・・・・

 

そうしてようやく私はその教材を買い、その教材を通して、今の先生である竹川さんと出会うことになったのです。

ほんとうにこれは、運命の分かれ道だったと思います。

 

あと、投資してみて気づいたのは、自分が買うことで、買う人の気持ちが分かるということです。

どのようなことを伝えていけば、お客さんは安心して買うことができるのか、買う前の不安、実際に買おうと思った動機、行動するきっかけ・・・などなど。

そういうことが分かるようになりました。この経験は、自分が商品をおすすめするときのライティングの基盤となっています。

 

このとき買った教材はとても学び多いものでしたが、もしも仮に、投資した教材が詐欺であったとしても、なぜ詐欺の教材を買ってしまったのか、というようなことを分析すれば、商品を買う人の気持ちがわかったり、詐欺に合う人の気持ちもわかったりします。

 

教材自体の学びも大きかったですが、

投資した、というその経験自体が、とんでもない資産になっていたのです。

 

また、同期さんに、「いいと思ったものは高いものでもバーンと買う!」

という方がいらっしゃって、その方は、アフィリエイトできる商品も、やっぱり高額だったのですね。

 

アフィリエイトは、自分の愛用している商品で、これいいな、と思ったら紹介できます。そして、商品が高額であればあるほど、いただける報酬率も高いことが多かったです。

 

つまり・・・投資したもの、買ったものが多い人ほど、それを活かすチャンスが広がるということだったのです。

自分がまだ何も買ったことがなかったりとか、買っていても、安いものばかりだったら、高いものを紹介したくても紹介できるものがなにもなかったのですね。

 

なので、投資すること、行動すること全てに、無駄なものやダメなことってないんだ、というのも驚きのひとつで、それが、お金に対する価値観を変えることにもなったと思います。

 

3、人のために届けるということを学ぶ

ビジネスなんてまったくやったことがなくて、何もかも初めての経験・・・

そんな中で、先生になった竹川さんから、ビジネスの基本であり、最も大切なことである、「相手のためを想って届けていくこと」ということについて学んでいきました。

 

お客さんに価値を届けていくことで、お金を得ることが出来る。

 

当たり前のようでいて、会社員のときに意識することは、あまりなかったような気がします。

 

 

そんな私は、このときは、頭ではわかるけれど、そんなの偽善だ~エゴだ~~~だって私は稼ぎたいと思っているのに・・・・という気持ちが、常にありました。

 

誰かのために届ける・・・相手のためを想って届ける、ということが大事なのに、でもその本心は、お客さんのことよりも自分のことに目が向いていました。

 

そのギャップで本当に悩みました。そんな自分が発信したって誰も読んでくださるわけなんてない、という想いがぐるぐるして、書けなくなって、その間に同期さんに抜かされて、いじけて、ふてくされて、私なんてどうせ才能ないし、と言ってはそんな自分にが嫌になって落ち込んで・・・

竹川さんのコンサルやセミナーから逃げ出したこともあります・・・笑

 

でも今思うのは、エゴだと思っていてもいい、偽善だと思っていてもいい、それでも、記事として公開して、表に出す、いわゆるアウトプットをする、ということが大事だったということです。

 

そして、エゴがある中でも、何度も何度も繰り返し書いていったら、少しずつブログのアクセスが増えていって、広告収入も出始めていきました。

 

さらに、偽善だと思う心と向き合って、そんな気持ちも自己開示して、書いていくことにしました。

それはもはやあきらめの境地くらいでしたが、それでも、もしも、こんな醜い私でも、誰かが信頼してくれたのだとしたら・・・

そうしたら、その人のためには一生懸命出来ると、そう思えた時――――私の初めて、私だからこそ買いたい、と言って下さるお客様と出会うことができたのでした。

これが、1単価がもっとも大きな金額をいただけたときでした。

 

4、自分が先に届けることでお金をいただけるのだと気づく

はじめて、私だから買いたいと言って下さったお客さんが来てくださってからは、あとはもう無我夢中で、その人のために届けていく、というのは当たり前というか・・・・

そのときから、エゴとか偽善とか、そういうのはどうでもよくなっていきました。

 

なぜかというと、こんなに醜い私だと思っていた私に、あなただからお願いしたい、と、そういっていただけたのです・・・!!

こんなすごいことってないですし、そういって下さるお客さんは、それこそお客様は神様という感覚でした。

 

こんな私を信じてくださる方がいてくださる。

それならば、その想いに全力で答えていきたい。本当にそれは、エゴや偽善で悩んでいたり、人のアフィリエイトリンクを踏むのさえ嫌がっていた自分からしてみれば、革命な気持ちでした。

 

そうなってから、思い出すのは、先生がことあるごとに言っていた言葉です。

「人間は、特に日本人は、地震とかがあれば、自分のことよりも人のために食べ物をわけたり、助け合ったりしますよね。だから、誰の心の中にも、誰かのためになりたいという気持ちがあるんですよ。だから千聖さんの中にもあります」

これを言われたときは、そんなの、買いかぶり過ぎです、本当の私を知らないからそう言えるんだ・・・

そんな風に思っていたくらい、ひねくれていました。

 

でも、そんなふうな私でさえ、誰かのためにという気持ちを、いただくことができました。

本当は、人間は、誰かのためになりたいという気持ちが、心の奥にはあるのだと。

でもそれは、自分がいまいっぱいいっぱいだったりとか、不幸だったりすると、見えづらくなるだけなのではないか・・・と。

 

竹川さんは、ダイヤモンドが眠っている、とよく言っていました。

ダイヤモンドは磨かなければきれいな輝きにならない、それと同じで、人の心の中にもダイヤモンドの原石があって、それを磨いていくことをすれば、自分でも気づかなかったキラキラしたものを見つけていくことができるのだと。

だからやっぱり、エゴだと思っても偽善だと思っても、その気持ちもありながらも今できるせいいっぱいを届けていくことで、変わっていけるのだと、思えたできごとでした。

 

 

ところがそのあと、お客さんは最初の3人くらい続けてきてくださったのですが、そこからまた、途絶えてしまいました。

そこで、販売する、お金をいただくことに対するブロックみたいなのが、また現れてきました。

 

1人目の方までは無我夢中だったけれども、そこからまた、売らなければ、という気持ちや焦りが出てきました。

でも、買ってください買ってくださいと言う気持ちだと、やっぱり、文章ににじみ出たりとかします。お金マークの目な人からはやっぱり買いたいとは思えない・・・

 

そこでいったんスランプみたいになりました。

 

でもそれでも、やっぱり、諦めずに続けていくこと、届けていくことで、だんだんまた、「夢中」の境地になって、お金のことよりも、伝えていくことの楽しさとか、すでに来てくださった方への感謝とか、そんなふうな気持ちの方に重きを置いていけるようになりました。

そうすると、またお客さんがきてくださったのです。

 

そうこうしていくうちに、商品を買っていただく、価値を届ける、ということの意味を理解していきました。

それは、誰かに買ってほしい。あなただからと言ってほしい。信頼してほしい。好きになってほしい。と思うのならば・・・・それは、「私が先に」届けていかなければいけなかったのだ、ということです。

 

商品を買っていただく信頼関係になりたい・信頼してほしいならば、私が先に、相手のことを信頼することが必要だったということです。

 

思えば、恋愛とか友達の間柄でもそうだったのですが、私のことを好きになってほしい、好きになってほしい

誰かに認めてほしい、認めてほしいばかり思っていました。

 

そのときは、相手が自分のことをどう思っているのか、相手にどうみられているか、どう自分を取り繕っていくか、みたいなことばかり考えていました。

八方美人で、人の目ばかりうかがって、自分がなくて、私ってなんだろうとなって、とてもとても生きづらかったです。

 

でも、そうじゃなくて、好きになってほしいなら、自分がまず相手のことを好きだと伝えて行けばよかったのだと気づきました。

相手に好かれたいから合わせるのではなくて、相手のことが好きだと思うならば、正直に伝える。

 

正直に伝えたら、嫌いです、とかえってくるかもしれない。

それはとても怖くて、傷つくこと・・・だから、私から先に相手に届けることから逃げて、いままで、ずっとしてこなかったんです。

 

その恐怖は、いまもゼロにはならないけれど。

でもそれでも、相手もきっと好きでいてくれると思う。そのことを信じることは、相手を信じることでもあるということだったのです。

そして、信頼して、好きだと言ってくれる人のこと、無下になんかしないですよね。無下にするならば、相性がほんとに合わないので、どんなに取り繕ってもいずれお別れになる。

それならば、早めに分かった方がお互いにとって幸せなんだなあと。

 

八方美人が誰かのためになるわけじゃなかったんだ・・・と

 

だからこそ、まずは自分から相手に届けることで、幸せな人間関係になっていくこと・・

そしてそれと同じように、誰かに買ってほしいなら、自分がまず買うことだったり、情報を届けたり、誰かのために何かをして差し上げること、それが巡り巡ってかえってくる。

 

情けは人のためならず、という言葉があるように・・・

 

お返しを期待すると下心みたいになって良くないですが、最初は期待もあったとしても、そういうことを丁寧にやっていくことこそが、すごく大事だったなのだなと気づくことになりました。

 

相手に好きだという想いやあなたのことを信じています、という気持ち。相手のためになることを、届けていこうという気持ち。

 

そういうことをやっていったうえで、いただけるものがお金だとするならば・・・

お金って、別に汚いものじゃないのではないだろうか?

やってくれてありがとう、と思うことの対価がお金だとするならば、ありがとうの気持ちが具現化したものがお金であること・・・・

 

ならば、お金ってもしかして、すごく素敵なものなのではないだろうか・・・

世の中のお金を持つ人、お金に対する価値観が180度変換した瞬間でした。

 

5、お金は分かち合うことで幸せもできることも増えていくことに気づく

そして、あともうひとつ、ずっと抱えていたお金のブロックがあって・・・

それが、お金を分かち合う、ということでした。

 

たとえば、私と同じ仕事、コンサルティングやサポートをしている同期さんを紹介するとします。

そうしたら、同期さんのところにお客さんが行くこともあります。そうしたら、私では相性が合わなかったけれど、同期さんなら相性が合う、というお客さんもいらっしゃいます。なので、私のところにいては行動できない方も、同期さんのところなら、行動できるかもしれない。

しかも、場合によっては紹介料をいただけることもあります。なので、みんな幸せなはずなのです。

 

でもそんなことをしたら、自分の仕事、お金が減る、というような感じの感覚がありました。頭ではわかっていても、心がついていかないような・・・そんな感覚でした。

 

それは自分に自信がないからで、同期さんは魅力的で、私なんてこんなダメだから・・・

だから、私のことしか知らない時はいいけれど、同期さんのことを知ったら、同期さんのところに行ってしまう・・・というような恐怖でした。

 

そのときはまだ、お金は奪うか奪われるかみたいな、争奪戦だと思っていたのですね。

 

だから、全部ひとりで抱え込んでしまって、お金にも仕事にも執着していました。

執着の気持ちが出てくると、奪われないかどうかという気持ちになるので、そんなことを考えている自分が汚い、嫌い、そんなことを考えさせる原因となるお金は汚い・・・みたいな気持ちが出てきました。

 

それでも、そんなふうに囲っていれば、安心だという気持ちもあって、執着をなかなか手放すことができませんでした。

 

でも、執着すればするほど、どんどんどんどん人も離れていきましたし、仕事もお金も減っていきました。

焦りと不安と自信のなさと、持っていたものを失う恐怖で、ストレスで、風邪をこじらせ、長引かせて寝込む日が増えました。小さなことにイライラする日が増えました。

もうこのまま、やめちゃおっかな、という気持ちにさえなって、何もかも投げ出したくなって・・・・・・

 

 

だけれども。

たくさんの大切な人とお別れをしたあと、それでも信頼して一緒に残ってくださった方々に気づいたとき。

なんて私はバカなことを考えていたんだろう、と気づきました。

 

こんな私を信じてくださる方のために、今の私にできることを、せいいっぱい届ける。

そう考えたら、執着の気持ちはどこかへ消え、そして、せいいっぱいの中に、お金を分かち合うということは、自然と、当たり前のように、すっと入っていきました。

そう思えたら、毎日が楽しくなりました。たとえお金がもしも稼げなくなることがあったとしても、それの何が問題なんだろう、みたいな気持ちになりました。

仕事は探せばいっぱいあるし、何より、全力で届けたことそのものに、意味が生まれるのだということが分かったのです。

 

それは、たとえ、その時お金になることがなかったとしても、その後の人生が困らないような在り方で必ず活きてくる、だからいいんだということ・・・

 

そう思えば思うほど、お金に困る感覚が薄くなっていきました。

もちろん、感情は波があるので、お金ほしい!と思う日も、あります。それは、悟りの境地でもひらかないかぎり、なくなることはないかもしれません。

あの空海でさえも、今もまだ高野山で、修行を積み続けている、と言われているくらいなので・・・もしかしたら、一生なくならないかもしれないですね。

 

でもそれも含めて、そういう気持ちがあるからこそ、出来ることがあるし、伝えられることがあるし、気づけることがある。それがあるからこそ、いいんだ、と受け入れることができたというか・・・

 

伝わりますでしょうか・・・

そういうふうな考え方は、すごく、生きやすい感覚でした。

お金は奪いあうものではなくて、減らないものだった

いま思うことは、お金は、減るものではない、ということです。

お金は、流れていく川の水のようなもの・・・と竹川さんは、ある日、表現しました。

流れていく川の水は、巡り巡って、海に行き、蒸発して雲となり雨となり、山に降り注ぎまた川となり流れて循環していく・・・

 

私たちが毎日毎日毎日、水を沢山使ったとしても、地球上に存在する総量は、形を変えるだけで、なくなることはない資源です。

それと同じことが、お金にも起こっているのだと気づいたのです。

 

 

ちょっとこれはカオスな話ですが・・・

 

別の話で言えば、例えば、ラーメン街ってありますよね。ラーメン街には、ラーメン屋さんがひしめきあっています。

 

普通に考えたら、競合店が近くにあったら、一番おいしいところだけが生き残る感じがしませんか?

でも、ラーメン街って、色んな味のラーメンがあって、そのどれもにお客さんがいらっしゃいます。私も、学生時代、近くにラーメン街と言われるところがあって、良く行っていたのですが、今日はA店にしよう、今日はB店にしよう、みたいな感じでローテーションして使っていました。

 

それは、それぞれ、味も、お店の店主の個性も、お店の雰囲気も、全部違うからです。

こってりが食べたい日もあれば、あっさりでほっとしたい日もある。ごちゃごちゃしたお店の、ザ・ラーメンが食べたい日もあれば、おしゃれなラーメンでゆっくりしたい日もある。

 

そんな感じで、それぞれの味が違えば、それぞれの在り方でどこも生き残っていけるのですね。

誰かの真似をしようとしたりとか、値段だけで勝負!とか、技術だけで勝負!となると、それは、もっと人気のところもっと安いところ、もっとうまいところ、みたいな感じでの競争になってしまいます。

 

でも、自然界をみてもそうですが、自然界は競争ではない・・・

いろんな種がいて、色んな形や在り方があって、それぞれがそれぞれのありかたで、生きている。

 

独立して生きているわけではない。

花もミツバチが花粉を運ぶから、種を広めていくことができる。木が生えるから、その木陰で出来たところに、キノコが生えたり、動物が天敵から身を守るところにしたり。

 

それぞれが違う個性を持って生まれてきていて、だからこそ、その個性を活かしていけば、競合することはないというか・・・

Aさんは、山が好きな人のために

Bさんは、海が好きな人のために

Cさんは、都会が好きな人のために

 

とか、それぞれ、趣味も人生も、個性も、考えていることも、体験談も、届けたいお客さんも。

全員同じことにはならない。

 

そして、むしろ、色んな人がいるからこそ、

Aさんは、山が好きな人のための読書のサイトを作った

Bさんは、海が好きな人のための読書のサイトを作った

Cさんは、都会が好きな人のための読書のサイトを作った

みたいな感じであれば、

 

本が好きじゃなかった山派の人が、Aさんのサイトを見て本が好きになった

本が好きじゃなかった海派の人が、Bさんのサイトを見て本が好きになった。

本が好きじゃなかった都会派の人が、Cさんのサイトを見て本が好きになった

 

となったら、山派・海派・都会派・・・それぞれのところから、本好きの人を増やせる、そうすると、需要が増える、業界が盛り上がる、ということになりますよね。

そうなると、結果的にめぐり巡って、ライバルにも、自分にも、お客さんが増えていくということが起きます。

 

あとは、そんなふうに紹介したりとか、一緒にコラボレーションしたりすることで、できないことを人に任せることもできますね。

たとえば私は、ブログのサポートをさせていただいているのですが、ブログの構成、内部情報については詳しくないです。

でもシステムエンジニアのお客さんがいらっしゃいますので、ブログ内部についてはその方にお願いしています。

 

あとはしゃべるのが得意ではないので、しゃべることは先生である竹川さんに任せて、私はひたすら書いていたりとかですね。

他にも画像加工が得意な方、リサーチが得意な方、営業が得意な方・・・・などなど、その人にお任せしたり、一緒にやっていくことで、私にない魅力を持った方々のお力もお借りすることができました。

 

つまり、私ひとりではできなかったことも、もっともっとできるようになりますし、私自身も、一番やっていきたい「書く」「編集する」ということにだけ、おかげさまで、時間を割くことができるようになりました。

 

そうなったら、仕事の量も、身の丈にあってきた感じがあって・・・

全部自分でやらないといけないときは、とにかくあれもこれもそれも・・・という感じで、一人で全部抱え込んでいて、パニックになることもしばしばでした。

 

だけれども、いまは、私の得意な分野だけに集中して、届けることが出来るようになりました。

それによって、一緒にやってくださる仲間も、それぞれの魅力を活かしたお仕事が出来るようになったり、お客さんはそれぞれの専門分野のスキルをめいいっぱい受けられたり・・・など。

 

それは、ひとりで抱えて執着していたころには、決して届けることができなかった、見ることができなかった世界でした。

 

自分ひとりでなくて、大切な人たちと一緒に進んでいけることの尊さ、有難さ、幸せ。

会社員を辞め、好きな事を仕事にしてから、見える世界は、美しかったけれど、それ以上に、いまはもっと、美しい世界で、人生っていろんな幸せで楽しくてわくわくすることに満ち溢れていたのだと思えるようになりました。

 

 

こんなこと言ってて、また悩んだり、落ちたりすることも、あると思います。

調子に乗ったらまた落ちると思います・・

 

でもそれでも、悩んだり葛藤したりした経験・谷底に行ったことで、地底深くに眠る宝物を、また見つけることが出来るのでした。

ドン底は、次の道への羅針盤だったのでした。

なのでいまあなたが、お金の罪悪感で悩んでいたりしても、

その悩みそのものが本当に美しいことだと思います。

いまは地底で宝物探しの旅の最中だったのです。だから、無理になくそうとしなくたっていい、むしろ、なくならないままでもいいと思います。

 

そして、その中でも、その旅を、良い方向にしていくためには、

「今できることをせいいっぱいやってそれを外に出す」

ということだったなと思います。

 

恐怖や不安や、色んなことにさいなまれて、未来ばかり、あるいは過去ばかり見えてしまったりもするけれど・・・、それでもあえて、今、出来ることをせいいっぱいやって、それを外に出していく・・・

ということをしていけば、結果的に未来に困ることはないと、思います。

 

必ずその行動を見てくれている人はいますし、救ってくれる人、信じてくれる人がいてくださる。

それは、私自身の人生だけじゃなくて、色んな人の人生の振り返りシートを見させていただいて、しみじみ感じることでした。

 

なので、お金のブロックもありながらも、今できることを、届けていっていただけたらなと思います。

私の体験談が何かしらお役に立てましたら、とてもとても嬉しく思います。

 

とてつもなく長くなりました・・・!

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

*それでも何からやっていいかわからないときに・・・*

自信がないけれど、好きな事を仕事にしていきたい、そのためには・・・












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好きなことを諦めずに生きていく



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