鬼滅の刃・縁壱さんの名言から学ぶ仕事・道を極める人の生き方とは

2022-09-26_16-59-32_777

空飛ぶ引きこもり物語ライターの千聖(ちさと)です!

鬼滅の刃、誰が好きですか??

私は、縁壱さんが一番好きです・・・!!

 

天才的な感じの生まれ・・・というのだけを見ると、平凡な身からすると、あまり共感できないような感じなのですが、でも、天才的な生まれで、無惨を倒すためにこの身体に生まれたのだと、自らの使命を理解したにもかかわらず、無惨を逃してしまった・・・

その後悔や無念を想うと、いたたまれない気持ちになり・・・

 

だけれども、それでもなお、無惨を倒すという使命を一生果たせなかったとしても、それでも、鬼を狩り続けるということを選択し続け、磨き続けたその生き様に、何とも言えない尊敬と憧れみたいな感覚が、すごく湧いてくるのです。

自分の使命が一生果たされないと分かったうえで、それをなし続ける・・・

 

それがどれだけ苦しく、大変で、辛いことだっただろうと。

私たちは生きていく中で、生きる意味だったり、何のために生まれたのだろうということや、自分にしかできないことをしたい、と想って生きていたりしますよね。

それが見つからない時も苦しいけれども、見つかったあと、それが一生果たされないものだったのだと、知ってしまったのなら・・・?

 

それでも、目指し続けて極めて磨き続けようと想えるのか?

煉獄さんの親父さんのように、何もかもやけっぱちになってしまうのではないか・・私だったら酒浸りになっちゃうかもしれない・・・

実際会社員時代、酒浸りだったし・・・

 

後悔してもしつくせない、しかも逃がしてしまったことで、これからも亡くなり続ける方が、増えるのだから・・・と。

 

だけれども、それでも、はたされないと分かっていながらも、それでも、少しでも、鬼を斬り続けることで、犠牲者が減るのであれば・・。

そう考えて、投げやりにならず、一生磨き貫き続けたその人生は、本当に美しいな、と想うのです。

 

そんな縁壱さんの名言

「道を極めた者が辿り着く場所はいつも同じだ」

というのが、すごく、忘れがたい名言だったので、道を極めた人の生き方について、考えてみたいと想います。

「道を極めた者がたどり着く場所はいつも同じ」とは・・・

鬼滅の刃の漫画の文脈で言えば、縁壱さんや、縁壱さんの兄、巌勝(みちかつ)のような使い手たちが、またこれからも、時代が変わっても出てくるんだというような感じで、呼吸の使い手がたとえ、その瞬間途絶えたとしても、その呼吸を極めていった先には、また呼吸の使い手が現れる。

というような感じだったかと想うのですが、これが、なんていうか、呼吸に限らず、全ての仕事だったり、何かを極めるというようなこと、職人さんもカウンセラーさんも、接客のお仕事も、設計的なお仕事も、どんな職種どんな分野であろうとも・・・

 

全て、極めていったら、同じところにたどり着く、というようなことになるのではないか・・・

というのを、すごく感じています。

 

というのも、ある瞬間にまで行くと、今までバラバラだったものが、腑に落ちる瞬間、というのがあると想うのですが、そういう瞬間にまでいくと、あ、そうか、これってあれと同じか、みたいな感じになることって、ありませんか?

 

例えば、私はハンググライダーで空を飛んだのですが、その空が飛べるようになった感覚をつかんだとき、あ、これって、自転車と同じか、と想ったのですね。

自転車に乗れるようになるみたいに、ハンググライダーを使いこなすのです。

 

それとか、ハンググライダーに乗れたあと、自動車の免許もとったのですが、その時に、事故をしないように考える思考が、ハンググライダーで事故に遭わないようにする考え方と同じか、と気づいたり。

 

もっとやっていくと、ブログの書き方と、ハンググライダーの飛び方が同じとか。

一見、何のつながりもないようなことが、大きな感覚だったり、くくりでとらえると、ああそうか、あれと同じだ、というような感覚になる・・・

 

本質は何ごとも同じ、というような感覚になるというような・・・

つまり、どんな物事も、たどり着く場所は、同じ、本質というところまで理解したり腑に落ちたりすれば、どんなやり方、どんな練習方法であっても、極める人達が気づく気づきは、同じなのだと。

 

だから、

「道を極めた者が辿り着く場所はいつも同じだ」

というのは、そういう感覚なんじゃないかな、と想ったのでした。

 

そしてさらに極めていくと・・・体の中が透けて見える

縁壱さんもそうでしたが、人の身体の中が透けて見える目を持っていた、という話が描かれています。

さらに、無惨戦で、その能力を覚醒していった人たちが次々と現れます。

 

このような描写のことが、現実にもあるのではないかとも、さらに感じていて。

私はまだまだその領域の感覚を伝えられるには至っていないのですが、

たとえば、魚釣りが好きなお客さんが、実際に魚釣りのプロから直接聞いたお話で、魚が針にかかるまえに、魚がそこにいるかどうかわかる、と言っていたのだそう。

他にも、例えば長年金属を扱っていた金属職人さんは、金属の声が聞こえるので、その日の気温の違いで、扱い方を変えたりすることができるのだと、そんなことを話していました。

 

野球とかでも、ボールが止まって見えた、というようなインタビューがあったりしますよね。

 

見えないはずのものが見えるようになったり、聞こえないはずのものが聞こえるようになったり、ありえないことが起こる。

時に繋がるようなものではない、ご縁が、突然奇跡みたいに繋がったりすること。

 

自分でお仕事をしたり、極めて行く道中では、ときに、理論的なことだけでは、説明がつかないようなことも、起こるのも数えきれないほど、体感して・・・

だから、経営者の人は神社とかに行く人も多いのだろうな、とも。

見えないものを見えるようになったりするような、そんなことが本当に起こる。

それをある人は、魔法と呼んだのかもしれないし、ある人は、哲学と呼んだり、ある人は、科学と呼んだのかもしれない。

 

鬼滅の刃で語られていた、覚醒していく軌跡みたいなことが、道を極めて行く道中のほんとうにある、体感できる感覚であり、それが、道を極めて行く人の生き方だったり、道標みたいな感じなのではないかという感覚でした。

 

そして、作者さんがどんな想いで鬼滅の刃を書いたのかはわからないけれども、でも、そういう漫画発の映画が興行収入1位になったくらいの人気になったのは、きっと、ひとびとの中には、何かを極めて生きていくことや、美しさを、追い求める気持ちがあるのではないかなと、

そう考えると、いろいろな悪いニュースがあったとしても、人の本質は、もっと美しいものなのではないかと、想えてくるのです。

 

 

私も何かぐらぐらしそうになったとき、この言葉や、縁壱さんの生き方を、想い出して生きます。

お読み下さり、ありがとうございます。

 

 








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