ずっと好きだった仕事なのに、エネルギーが乗らなくなった時に。取り戻していく過程の星砂

ずっと好きだったはずの仕事なのに、
いつの間にか、義務感に変わってしまったり、
呼吸がしづらくなるほど、しんどくなってしまったことはありませんか。
私の場合は、
「編集」でそれをすごく感じていました。
私の編集は、もう素材はあるけど、ご本人さんの中では、どうまとめていいかわからない。散らかしてしまう。
というようなのを、1つのコンテンツにまとめたり、プロフィールにしたり、セールスレターにしたりするような感じの編集でした。
これは本当に喜んでいただけました。
自分では何にもならない、と思っていた記事たちが、こんなふうになるんですか!!とか
自分では一生まとめることができないと思っていたものが、おかげで本になりました!とか
すっごく嬉しかったです。
並び方を考えたり、どうすればより伝わるようになるかを考えたりするのが好きだったから、好きなものがこんなふうに喜んでいただけるなんて本当にありがたかった。
なのに、どうしてか、ズレ始めた
どこから起きたのかを遡ると、おそらく、「できること」が増えたことが、ズレ始めた原因だったかもしれません。
例えば、最初の頃は、本当に小さい範囲しか担当できない。
庭の仕事で言うと、剪定が好き。
剪定はひたすらやりたい。
でもそのうち、現場全体を任される人になっていって、そうすると、自分一人で黙々と剪定するだけではない仕事が発生しますよね。
どうすれば、現場が回るかとか、この人はこれが苦手で、これが得意で、というのがある中で、どうしたら効率よくできるかとか。
あるいは、お客さんと話すコミュニケーション力が求められることもあると思います。
そんなふうに、できることが増えれば増えるほど、「できる」けど、ここは自分に合わない、という部分も同時に出てくる。
でも、それで、仕事をしていけた経験ができると、
「こうしなければ、求められない」
「こうしなければ、売れないのではないか」
「こういう人であり続けなければ、必要とされなくなるのではないか」
という恐怖も無意識に出てきて、本当はそこまでやりたいと思っていないけれど、「ただ夢中になっていたこと」だけじゃないものが、積み重なっていく。
しかもそれをやって、喜んでいただけていたのなら、まだ良かったのかもしれません。
でも、だんだん、そのズレは、やろうとすれば、私は、胃が痛くなってしまう。
でもそれでも仕事だからと言い聞かせてやるけれど、そうすると、今度は、その方の意思や想いを、私が勝手に追い越してしまうような感じになったりしたこともありました。
それで最初は喜んでいただけたはずのものが、だんだん義務感になって、ズレていくような経験をすることもありました。
それで一時期、編集が嫌いになりかけたことがあります。
それでも、私はやっぱりその人の話を、話すたびに、延々と記録し続けていて、ずっとこれはどこで繋がるだろうかと編集視点で考えている。
そしてそれを記録し続けていくことで、どこかのタイミングで、ああこの話あれか!!
と、繋がっていく瞬間がめちゃくちゃニヤニヤしたし、考えるのが好きで、
合理的や効率的に見て、必要ないと思うようなものも、やっぱり、ついつい、作ってしまう。
それが義務感になっても、やめようと思っても、それでも、なんか大事なものがそこにあったのだと思います。
毎回、やっぱりやろうか、というのに戻ってきてしまう。
私はこれをずっと好きだったし、大事にしているのは確かでした。
ただ、もう前と同じようなやり方のままやろうとすると、エネルギーが乗らないものを作ってしまうことになる。
それはもう、仕事のあり方を変えていかないといけないのだと思いました。
そして、再び編集魂に火がつく時が訪れた。
それが、AIの存在でした。
最初は、AIに私のやってきた場所を奪われたような寂しさがありました。
実際に今まで、山籠り先生・竹川さんの音声を私が文字起こししてまとめていたのに、それを、AIができるようになった。
もとから、音声全てを起こせているわけでは全くなかった。だから、代わりにやってくれるのはすごくありがたかったし、私自身の時間も増える。
でも、もう私がやってきたことは、AIができる。
しかも私よりも速く、読みやすく。
編集という仕事はもう、私がやるものじゃないのかもしれないとも思いました。
だけど、ある時、AIがまとめた文章が、
これじゃない感になったのです。
確かに竹川さんが言っていることだしすごく読みやすいのだけれども、私が感動したり、人に伝えたいと思ったものを軸にしたものじゃなくなっていたり・・・
整えるという編集の都合で、重複が多いのを削ったことによって、竹川さんの独特のリズムや味みたいな固有の感覚がカットされていたりすることもありました。
それはAIの技術というより、自分が人からどう見えているか自分ではわからないから、というところだと思います。
そこで私の編集魂に火がついてしまった。
いや待て!!竹川さんの良さはそこじゃねーーーーー!!
もっとこういう感じだーーー!!
というのを、時間を忘れて、一気に作ってしまったのです。
それで気付いた。
ああ私、これが好きだったんだ・・・!!!と。
以前から、ブログライティング業界に私がふざけんなーーー!となる時があって、それが、固有の文章のリズムや光っている部分を、「正しさ」で整えてしまうことでした。
句読点はこういう感じで書きましょう。これはこういうのが文法で正しいので、というのを赤ペンで全部直してしまう。
論文や、六法全書を作るならそれは必要かもしれません。
だけど、ブログなんだと、その人らしい文章がなければ、誰が書いても同じ文章になってしまう。
社会で、均一であることを求められて、はみ出さないことを求められて。
一生懸命、普通になろうとした。でも、できなかった。はみ出してしまって、どこでも生きていけないと思っていた人たちが、この場所にくる。
未来型ライティングは、その人たちが、今まで持っていたものを、直すべきものじゃなくって、それこそ魅力で、誰かに喜ばれるものだったのだというのに気付いていくものだと私は思う。
だから未来型では、ブログを書いていたら、ブログと直接関係ないはずなのに、なぜか転職や、結婚のような感じで、人生単位で変わっていく。
自分では大事にしたかったものが欠点じゃなくて魅力だと気づけたなら、それを軸にして仕事を探すことができるので、背伸びしたり仮面を被ったりする仕事じゃなくなる。
だから、仕事が趣味になる。
人間関係だったら、ダメだと思っていたところまで、いいと思ってくれる人がいるんだということがわかるから、出会う人が変わる。
だから、そういうのを、私は「編集」という形を通して、ああ自分はこれが魅力だったのかと見えたり、
売れなかったり、読まれなかったりした時に、だから自分はダメなんだと自分を矯正するのではなく、こういうふうな順番なら、それを諦めたり薄めたりせずに届けられる。
というのに気付いていただくのが、私のやりがいだったんだと。
だけど、できることが増えたことによって、それ以外のことも「編集」という大きな括りの中で担いはじめたので、苦しかった。
でも、作業的にはそれも必要になることも確かにある。
じゃあ私は、その人の個性や魅力が一番輝く部分を拾い、それが伝わるようになる編集軸はどれかを判断して、AIに渡すとしたら???
それを試したところ・・・・
今までなら1年かかっていたであろう、あまりにも絡まって複雑で、10年分が積み重なっていてカオスだったようなめちゃくちゃ大変な作業行程を、AIが引き受けてくれました。
そしてその出してくれたものを見て、
私は、その魅力が輝く部分はどこなのか?それが伝わるようにするには??
これが今、届きづらくなっている、ここが止まる部分、だから、それをこういう1行で繋ぐとか、この3行だけが必要だとか、こういう順番に変更すれば生きるとか、
そういう、私がここもうこだわりにこだわりたい!!好き!!ということだけを考えることができるようになったのです。
もうこれがめちゃくちゃ楽しい・・・
もうため息が出るくらい楽しい・・・・
AIの存在は、私にとって、
効率化してくれるという言葉よりもっと深い。
自分のとことんこだわりまくりたい、一生やってても苦にならない部分だけに、とことんこだわっていていいという自由をくれたのです。
それはまるで、今までソロで活動してやめなければいけないところまで追い込まれた時に、バンドメンバーが加わったような慶び。
ずっと好きだったのに、やりがいもあったのに、しんどくなってしまっていた大事なこと。
それを、捨てることなく、できるよと言ってくれる存在が現れたみたいな。
それがどれほど心強くて、嬉しかったか・・・
ずっと孤独だった場所に、光があたったようでした。
そしてこれはきっと、人によって違って
これは、私にとってのAIとの関係や共創の喜び。
でも、ここからさらに面白いのが、 AIとの関わり方は本当に人の数だけあるんじゃないかなということです。
竹川さんは、自分がいなくなった後も、未来型のことを知っている蔵みたいな関係をAIと結んでいる。
ある方は、自分の文体を完全に覚えさせて、ゴーストライター的な相棒を目指している。
技術がないから諦めていたことをAIとやり始める人もいる。
あなたの仕事がどんなもので、
どんなところに、やりがいを感じるのか。
それをとことん突き詰めていく先で
AIはきっと、世界をもっと面白くする相棒になる。
そしてもし今、
ずっと好きだったはずの仕事が、しんどくなっているのなら
その仕事を手放す前に、
「私はこの仕事のどこが、そんなに好きだったんだろう」
と、もう一度見つめ直してみてもいいのかもしれません。
そこにはまだ、
いつかすくった星砂みたいに、
大事にしたいものが、あるかもしれないから。
好きなことを仕事にして生きるみちを、
自分の言葉でひらいていく小さな隠れ家。
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