自分のブログや文章を好きになってくれる人は現れる? ~あるものを語るとファンになる理由

空飛ぶ引きこもり小説家、千聖(ちさと)です。

 

ブログを書いていると、

 

「自分のブログや文章を、好きだと感じてくれる人は現れるのだろうか・・・」

 

というざわめきが起こることもありますよね。

 

でもそれは、「どうしたら人に好かれるか」というような問いと同じで、

考えれば考えるほど、わからなくなっていく・・・

 

好かれる人は魅力ある人かな・・・

じゃあ、私の魅力ってなに・・・というように。

 

それでじゃあ私の魅力は・・・と魅力探しに走ると、魅力なんてない、私こんなにダメで、とか、自分にとって本当に応援してくれる人や大切な人が、「ここがいいのになあ」と想うものと真逆の方向に走っていってしまったりしがちだなあと。

 

優しくて誠実なところが素敵な人が、そんな自分だから弱い、ダメなんだ!

となって、強気でかっこつけてしまって、悲しい気持ちになるときみたいに。

 

なので、どうしたら好きになっていただけるか。

そんなことを考えない方が結果ファンになっていただける、なのですが、それだと答えにならないので・・・でも、それを意識することなく、いつの間にか、心惹かれるブログになっていく秘密があります。

 

それが、自分の好きなものを語る、ということです。

 

自分の好きなものを語ることのちから

例えば私の人生のバイブル的な小説に、「十二国記」という小説があるのですが、この小説が好きです、とおっしゃる方には、たとえ初見の方であっても、私は悪い人はひとりもいない、と断言できます。

なので十二国記好きな方に出会ったら、初見でいったいどんな方なのかわからなくても、あ、この方とは仲良くなれるかも。

と想います。

 

そこまではっきり断言できるものは十二国記くらいではありますが、他にも例えば、特に好きなもの、というのでいうとアニメで言えば、最近だとすずめの戸締まりとか、昔の作品だと、シュタインズ・ゲートとか、蒼穹のファフナ―とか、魔法少女まどか☆マギカとか。

漫画だと、それでも世界は美しいとか。

 

ただ単に、昔は、趣味が同じだから、趣味が同じ人とは同じ話ができるから話が合う、だから好きなものを語った方がいいのかな、と思っていました。

実際に誰かと友達になったり、ぐっと距離が近づいたりするのを感じるとき、そこにはやっぱり好きなものの話が必ず入ります。だから好きなもののことをブログに書いた方がいいよ、と。

 

でも、話が合う、ということ突き詰めれば、それは、価値観や哲学、目指したい生き方が同じ、ということだな、と最近言葉にできました。

 

好きだと感じるもの、そこには必ず共通点があります。

 

例えば私も先ほど上記にあげたものたちだと、

 

「どんなに過酷な運命があっても、どんなに無理だと思うことがあっても、それでも諦めずに自分の本当のこうありたい、という未来に向かってその運命をくつがえしていく物語」

 

という共通点があります。そういう生き様が詰まっている。

 

その共通点に気づいたのはだいぶたってからでしたが、

でも、好き、と感じるものを通して、それがなぜ好きなのか、うまく言葉にできないときから、あの作品が好きで、と言われたら、ああ~!と、そういう感じ、なんとなく、「この作品が好きなら、こういう想いを持っていらっしゃるのかも」「こういうことを大事にされているかもしれない」「こういう生き方が好きなのかも」と、無意識でも想像しています。

 

無印良品が好きで、と言われたら、シンプルなあの世界を思い浮べて

そこからじゃあお部屋もシンプルなのがお好きなのかな、と想像したりとかですね。

 

だから、この人と話が合うのではないか、と判断する、だから、私はこれが好きで、と伝えることそのものに、ファンになる要素があります。

 

そのうえで、さらに人柄が伝わる文章になるには

自分がどうしてそれが好きなのか、というのを、深掘りして書いてみる、ということが大事になります。

 

この作品の、どの場面が一番好き?とか、

じゃあなんでその場面が好きなの?

 

このセリフがかっこいいから。

なんでそのセリフをかっこいいと思ったの?

 

みたいな感じですね。

 

 

自分で自分に問いかけてみる。

 

対面で誰かと話すなら、その話す相手が聴き上手な人であれば、自分の言葉がたどたどしくても、そういう話が自然と深掘りされていると想います。

なので、聴き上手な人は誰とでも仲良くなりやすいのだと想います。その人のことを理解してさしあげることができるから。

 

私も全く自分のことを説明できずに周りから理解されていなかった、空気みたいになっていたとき、そのときに、聴き上手な友人がいてくれたのですね。

その友人が私ってどんな人間なんだ?と深掘りして、私の言葉を周りのひとに、代弁してくれていました。そうしたら、「千聖って変態だね!」と、喜んでくれて、変人変態だらけだったサークルの中に、私の居場所ができたのです。

 

今想い返しても完全に友人のおかげだったと想います。

 

だから、そういう人と出会えたなら、それはとても幸運で有難いことで。

 

 

だけど、ブログでは、自分しか語る人がいないので、自分で伝えていくしかない。

 

それで、まだ今まで語ったことがなかったなら、本当に最初は、赤ちゃんのような状態なのです。

子どもがしゃべることができるようになる変遷を見ているとすごくわかるのですが、子どもって、主語もないし述語もないし、時間軸もないし、いろいろ唐突で、たどたどしい。うまく説明できないからですね。

でもそこから、ああ、こういうふうに話せば伝わるのか、というのを体感する、経験として身に着けていって、結果日本語として話せるようになっていきます。

 

なので、大人もブログを書き始めた時は自分はまだ赤ちゃんで、と思っていていい。

だから、「なぜこの作品が好きなのですか?」とたずねられても、「好きだから」しか言えなくていいんです。それがはじまりです。

それは恥じることではなく、今どんなにすごく見える人も、みんな通ってきた、誰しも通るみちです。みんなはじめは赤ちゃんだったように。

 

そこから、なぜだろう?と考えたりしながら書いてみる、そういう過程に、ライティング力が育まれ、磨かれていきます。

 

たくさんのライティングのテクニックはあるけれども、

その「自分にとっての理由」を伝えることができてはじめて、ファンになる。

 

だからただライティングのテクニックを学んだだけでは、Wikipediaみたいなブログになってしまう。

それだと情報だけなので、情報量で勝負するしかなくなる、知識量で比較されることになって、上には上がいるからな・・・となってしまう。

 

あるいは誰かの受け売りになって、その人のコピーみたいになってしまう。

でも、これからのAI時代ではますます、情報というものはAIが全部出してくれるうえに、誰のコピーなのかもすぐにわかってしまう。

 

だから、ますます、自分にとっての理由、自分にとっての言葉。

そういうのを伝えることができる人に、人は人間味を感じ、共感し、ファンになるのだと想います。

 

 

人は誰しも、こう生きたい、という生き方を持って生まれてくるのではないか

と思う時があります。

だから、生まれたときから人によって、興味があるものや好きなもの、性格も違うのだと想います。

 

でも、それをなぜ好きなのか、というのは、まだわからない。なんとなく、という感じになる。

 

でもそれを、

 

言葉として説明できるようになる、

言葉として自分自身も理解していく、

なんでこれに惹かれるんだろう。

 

そう考えていく中に、生きる理由を見い出す。自分が生きたかった生き方を説明できるようになる。

 

 

そういうのを見つけていく旅路が、人生でもあるのかな、と感じています。

それはまるで、まだ見ぬ宝物を見つけに冒険に出る旅人のような。

 

そしてその宝物にも深さがあって、ああこれにたどりつきたかった・・・!というのは、深掘りし歩んでいけばいくほど、もっともっと、あああもっとこれにたどりつきたかったのか・・・!というのが見つかってしまうみたい。

 

終わりはない、深めれば深めるほど、その奥行きに感動する。

 

私のこのブログのスタートが、「好きな事やりましょうです!」という言葉で、好きな事を仕事にできる人生を送りたい。それを伝えたい。と思ったのがはじまりだった。

 

でも今はさらに、好きな事のもっとその先にある、「本当にやりたかったこと」をやっていく人生を送る。

そういうのを伝えたい、となったように。

 

突き詰めても突き詰めても、だから、面白いけれど、突き詰め切ってからじゃないと、出したらだめなんだ、と思って出さなかったり、私自身も、そう思って出さないでいた時期もあったけれども、それはもったいなかったな、と。

 

なぜなら、その過程を見るのが、人間は一番好きだからです。

結果がすごい人には惹かれがちだけれども、実は、過程の方に興味があるし、好きなのですね。

 

誰にも知られてないアーティストを見つけて、この人まだあまりうまくないけど、でもなんかいい!という人を見つけたらそれだけでニヤニヤしませんか。

そしてさらにその人を応援していってだんだん人気が出てきたら、それを応援した自分、発見した自分に対して誇らしくなるくらい。

それは、最初から紅白に出ているアーティストを好きになるよりもなんかもっとこう、ぐっとくる。

 

子供にも、ここまで大きくなって・・・!

というのに感動するのは、その過程を知っているからこそ。

 

 

だからこそ、ビフォーでまだまだで、好きだから。なんとなく。

くらいしか言えない状態であっても、伝えていい。

 

赤ちゃんの自分でも、応援してくれる人はいるし、そこから変わっていく過程でまた応援してくださる人も現れる。

そして変わったあとでもまたさらに応援してくださる方が訪れてくださって、徐々にその和が広がっていくもの。

 

それに比例してお仕事というかたちでも、広がってゆく。

 

 

でもそれらはすべて、はじまり、ビフォーがあるからこそ。

 

弱さも苦しさもみじめさも情けなさも、

抱えたまま、それでも、と向かっていく姿勢に、

人は本当の意味で、惹かれていくのだと想います。

 

 

 

……

 

 

 

 

 








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