本当は自分がどうしたいか分からないときに、内なる風に気付く

空飛ぶ引きこもり小説家、千聖(ちさと)です。
前回は、会社で生きづらさを感じていたり、違和感を持っていたりするのは、自分自身の本質とのズレがある、というお話をお届けしました。
そしてその解決策として、本当はどうしたいか、という自分の本質、内側のところに気付くことの大切さをお伝えしましたが・・・・
でも、自分は本当はどうしたいか、というところは、
そう簡単には見つからない・・・
私も、就活のときに、自己分析とかそういうのもやってみたのですが、それで出すことができたのが、土日祝日休みのところがいい・これくらいのお給料がいい・事務仕事ならできそうだから事務の仕事がいい
というような、結局外側の条件的なところでした。
しかもこれがとんでもない勘違いに繋がります。
一番の勘違いが、事務仕事ならできそうだから・・・みたいなところでした。事務仕事は、パソコンに向かって黙々と・・・というイメージが強かったけれど、ひっきりなしに鳴る電話対応がほとんどの業務だったのがまず本当にダメだった・・・
電話が大の苦手なのです・・・プライベートでも、電話をかけるのが嫌すぎて、予約の電話とかも、紙にすごく書き出してイメージトレーニングとかしないと、電話かけられないタイプ・・・!
電話の音がストレスなので、もうそのいつかかってくるかわからないものを、3コール以内にとれ、というのがもう胃が痛すぎて・・・
胃が痛い、でも周りにそんなことでストレスを抱えている人がいなかった、自分って社会人に向いてないのでは・・・、という感じになっていました。
だから、表面的に見える外側の「自分はどうしたいか」で考えるのは、ズレが起こりやすかったなと想います。
じゃあ、本質からの自分はどうしたいか、というのはなにか
というと、それは、どういう生き方だったら自分は幸せなんだろう、とか、自分自身のやりがいとか、生きがいとか、そういうことはなんだろう・・・もっといえば、自分の生まれてきた意味。
そういうところを考えていくのが、本質に気付くということでもありました。
ただそれは、一朝一夕では出てこない・・・
じゃあ、どうすればそういうことに、たどり着くことができるのか・・・それが出来たのが、「ブログ」だったのです。
人生に迷うときのブログのすゝめ
この場に来てくださる方々は、自分がどうしたいかわからなかったり、やりがいがわからなかったり、やりたい仕事がわからなかったり・・・という方が多いですが、その方々に共通することがあります。
それが、
「自分の好きな事が分からない」ということです。
私自身もそうだったのですが、わからない、とまではいわなくても、昔は好きだったけれども今はそれほど・・・となっていたり、どんなところが好きですか、と聴かれても、うまく答えられなかったり・・・
好きだけど、なんとなく・・・
というような感覚ですね。
自分の人生だけれども、日常の喧騒に流されていると、いつの間にか、世間的にこうあるべきもの、流行でこういうもの、会社のためのもの、友人のためのもの、家族のためのもの・・・というようなもので、自分の生活・場所・思考に至るまで、自分が埋まっていくようになります。
だから、好きなものが何かわからなくなっていく・・・
自分の好きなものがわからなくなっていくと、それはつまり、自分が、何に対して幸せを感じるのかが、わからなくなっていくということでもあります。
だから、世間的な分かりやすい指標、例えばお金があれば幸せになれるかな、と考えたり、安定した仕事に就けば、結婚すれば幸せになれるかな、という方向になったりします。
でもそれは本当に自分が望んでいるものではないから、それを手に入れたり手に入れようと目指しても、なんだかもやもやしたり、違和感だったり、苦しくなったりします。
だからこそ、出発点は
自分の好きなものに、気付いていく。
そのために「書く」というのは、すごくよかったなと思っています。
本当は好きなものはあるのだけれども、立ち止まって見ないと、実はそれに気づけないことが多々あるなと。
たとえば、急いで会社に行っているとき、もうあまりにも急いでいるので、早く着かないと早く着かないと、ということばかりしか考えていなくて、周りが何も見えません。
だけれども、ゆっくり街を散歩すると、あ、こんなところに素敵なカフェがある。あ、こんなところにレトロな雑貨屋がある・・・!と気付いたりできますよね。
そんな感覚で、日常の中を、いつもと違う視点で見るようにすることで、見えてくるものがあります。
それがお家でゆっくりできるのが、ブログだと感じています。
しかもそれは日記でいい。
普段ただ、流されていく、いつも同じように見えるものも、日記をつけていくと、あれ、こんなことがあった、こんなこともあった、と気づいていったり、書こうと思うので、日常を「書く」という視点で見る。
しかも、ブログという媒体は、最初は誰にも読まれないけれども、でも、日記帳と違って、誰かが見ることもあるという意識が働くので、誰かに、伝えようとする。
だから、「これが良かったです」。
という一言で終わらない。うーん、どうしたらこの良さが伝わるんだろうか…と考え出す。
ときに、ネタ探しに、街を歩きたくなることもある。本を読みたくなることもある。
ああ、この一言好きだなあ。と想ったらそれを紹介したり、書いたり。
そういえばカフェが好きだなあとなったら、実際に行ってみたり、そして、同じカフェはカフェでも、入ってみて、このカフェ好きだな。と思うところと、うーん、なんか違うな・・・というところがあることに気付く・・・
その違いは、BGMかも・・・とか、珈琲の味が・・・とか、だんだん、好きが深まってくる。豊かになっていく。
すると、徐々に自分自身が何に対して好きなのかを、人に伝えることによって「自分が気づいていく」のです。
好きなことを言葉にできると、そこに共通しているものが見えてくる。
好きなアニメのキャラクターの話になって、なぜそのキャラクターが好きなのか、と深く聴くと、その人のひととなりとか、その人が大事にしているものが見えてきたりしますよね。
だから、好きなものというのは、自分の生きたい道標。
そうこうしているうちに、そういえば、私は昔、こんなことをやりたいと思っていた・・・。
と、やりたいことがぽわっと、出てくるのが、みなさん共通の流れでした。
子供のころ、誰に何を言われなくてもいろんなものに夢中だったように、本当は誰しも、やりたいことを持っている。
でも、それが、色んな別のもので埋まっていって見えなくなってしまっているだけだから。
だから、ゆっくり、自分のために、自分の話を聴いてあげるような、癒してあげるような、自分の好きなものだけで、自分の家を作っていくような、自分だけのパワースポットをつくるような・・・
そんな感覚でつくっていけるのが、ブログの面白いところでもあります。
しかも、さらに面白いことがあります。
そのブログ、実はそのまま、お仕事になっていってしまいます。
というお話を次回にお届けいたします。
お読みいただきまして、ありがとうございます。
千聖

1冊の小説と3つの書籍が導く好きなことを仕事にする道標

家に引きこもって好きを仕事する暮らしのはじめかた
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