2026年のはじめに、こっそりと

あけましておめでとうございます。

新年いかがお過ごしですか。

 

京都は三が日に雪が積もって

とても静かな朝でした。

 

結露した窓の向こうには、

椿のつぼみと深緑の葉に、

 

淡く雪が積もっていて、

冬と春が同居しているように見えました。

 

 

 

 

そんななか・・・

 

 

 

まだ初詣に行けていない千聖です。

 

 

でも、聞いてください・・・

行かなかったわけじゃないんです。

 

 

しかも2回も行ったのですが、

 

 

でも、どちらも、

本殿の鳥居に入る前に、

引き返してきてしまいました・・・

 

 

 

あまりに人が多くて、

 

入ろうと思うまえに

ガラガラガラ、と、

心のシャッターが閉じる音がしました。

 

 

 

 

・・・・

 

 

 

・・・うん、やめておこう。

 

 

 

 

 

行かなくていいのかな、

という気持ちも少しだけ顔を出したけれど

 

 

いまはまだ時期じゃないと

神様に断られたんだと思っておこう。

 

 

 

と思ったらちょっと

面白くなってきて

帰りながらニヤニヤしてしまった・・

 

 

神様に断られてるのに、

笑っちゃうってどういうことなんだ

 

 

と思いながら帰ってきたのですが

 

 

 

むかしの私だったら、

この日に行くと決めたんだから

何が何でも行くべき、

 

 

ここまで来たんだから、

行かないなんてよくないことになる

 

 

みたいな感じで

とらえていました。

 

 

 

でも、行っても行かなくても、

どちらでもいい。

 

 

行きたければ行けばいい

行きたくなければ今はその流れじゃなかった

 

 

くらいで想っていていいんだ、

 

 

となったら、

すごく気持ちが楽になって

なんか面白くなってきました。

 

 

昨年竹川さんが、

どん底にいる状態なのに

 

 

今年は何もうまくいかない。

 

 

 

なんて言ってくれちゃったものだから・・・

 

 

 

でも、何もうまくいかなくても

それでもやりたいということを貫いたなら

それを神様は応援してくれる。

 

 

そんな感覚を伝えてくれたのは、

大きなパラダイムシフトでした。

 

 

 

神様がいるかどうかはわからないけれど、

そういう見立てで

世界を見ることは、

 

結果的に見える世界が変わり

 

自分自身の在り方が変わり

行動が変わり

流れが変わり

 

そしてそういうご縁と巡り合う

 

 

そこで生まれる

偶然とは思えない奇跡のような感覚に

人は神様を見るのかもしれないですね。

 

 

 

 

そういうわけで、

まだ今年のおみくじも引いてないですが

 

今年は、

竹川さんが初詣で降ってきた言葉を

伝えていたので

 

 

それを私なりに解釈してみた、

という内容でお伝えしてみたいなと思います。

 

 

 

竹川さんに降ってきた言葉は

 

「和を以て」

 

「達磨観」

 

「乙女のために」

 

 

という言葉で、

下に行くほど面白かったのですが

和を以ては、

聖徳太子のですね。

 

竹川さんがいつも大事にしているものであり

未来型が大事にしているもの。

 

 

その和は、予定調和ではなく

綺麗な丸みたいなものではなく

 

 

歪で、

欠けていて

ポンコツみたいな

 

 

そんなかたち。

 

 

色も見た目も音も何もかも違う

 

 

でも、それらの

どう考えてもいい音になりそうにない

くらいのものが、

 

 

それぞれのありのままの在り方を大切に

育んでいくと、

オーケストラみたいになっていく。

 

 

それが和を以て。

 

 

 

そして乙女のために

 

この言葉は、

竹川さんの口から出たのを

11年目にしてはじめて聞いた言葉です。

 

 

だからすごく印象に残ったのですが

私の感覚だと、こんな感じでとらえました。

 

 

「中高校生のころのような感性」

 

 

昨年は童心というのも

よく出てきた言葉ですが、

 

童心よりももう少し、

踏み込んだようなものの感覚。

 

 

人に言ったら嗤われたり

変な顔をされたり

心配されてしまったり

 

 

そんな経験もあるかもしれないもの。

 

 

あるいは「評価」という場に

置いてみたとき、

認められなかったようなもの。

 

 

 

だから封印して生きてきた。

見ないようにして生きてきた。

 

 

そんな感性。

 

 

 

それを、達磨観・・・は

 

 

「観測する」

 

 

ただ、見る。

まっすぐに。

目をそらさずに。

 

 

正直に。

 

 

 

去年見たアニメで

一番印象に残ったのが

「チ。―地球の運動について―」ですが、

 

天動説が当たり前だったころ、

その天動説に違和感と疑問を持ち、

 

地動説という真理を

観測したことによって、

大きく人生が動いていく物語。

 

 

 

観測する、

 

というのは一見するととても、

弱弱しい姿勢のような感じがします。

 

 

理性的にいうと、

 

それは何になるの?みたいな。

 

 

でも、チ。の物語では、

 

星の動きをただ、

ありのまま、見上げた。

 

 

これを見てしまっていいのだろうか。

一般的に考えたら全然効率的でも理性的でもないのに

なにかを壊してしまうのではないか

 

 

というような

複雑な感情も出るけれど

 

 

それでも、

よくわからないけれども、

なぜか、惹かれてしまっている。

 

 

それでも、どうしようもなく、

見てみたい、

と願ってしまっている。

 

 

 

それを、ただ、観測した。

 

 

そのことによって、

流されるように生きていた人生が

その人にしかできない流れになっていった。

 

 

それは周りの人もまきこんで

ともに生きていく

オーケストラのような流れと音色に。

 

 

だから、「観測する」

 

 

 

その観測したものを、

ともに言葉にして響き合うような

 

 

今年はそんな場を未来型で

つくっているような

イメージが浮かびました。

 

 

 

そんな感覚とともに、

どんな1年になっていくのか

 

覗きにいってみようかな、と想います。

 

 

 

春はまだ先・・・

 

それでも椿のつぼみのように

ゆっくりと春を感じる今日この頃

 

 

あなたの2026年が

ゆらぎの美しさとあたたかさで満ちていく

やわらぎの1年になりますように。

 

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

 

千聖

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








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