なくたって生きていけるよ。

 

忘れたって生きていける。

何も困らない。

むしろその方が楽なんじゃないかな。

 

ただ普通でいれば、それで——

 

 

 

そう思うのに、

 

どうしてだろう。

 

 

涙があふれてしまうのは。

 

 

 

 

 

 

好きだったものを、諦めた人がいました。

 

もう、それでは生きていけないのだと思い、故郷へ帰り、古い宿で働くようになります。

 

ところが、その宿は、少しずつ、お客さんが減っていってしまいます。

 

古くて、田舎で

こんな場所、誰も求めていないのかもしれない。

 

けれど、その宿には、山で採れたものを料理にして、ふるまう人がいました。

 

それだから、人が来ないのではないか。

もっと新しくしなければ、みんな離れていってしまうのに。

 

そう思っていたある日、

この場所を訪れます。

 

そこで、こんな言葉をかけられました。

 

「それを、メインにしてみてはどうでしょうか」

 

 

これを?

むしろ隠した方がいいと思っていたのに。

 

でも、少しずつ、変わっていきました。

 

宿を訪れる人たちが、
懐かしいね。
こういうの、ずっと好きだったの。

 

そう言って、笑うようになったのです。

 

気づけば、

その「古さ」に、ほっとしたくて来る人が増えていました。

 

本当はずっとそこにあったものを

求めていた人がいたのかもしれない。

 

そしてふと、思ったのです。

 

もしかしたら

ずっと隠していた、自分の中の「好き」も、

同じだったのかもしれない、と。

 

 

……………

 

またあるところに、

アクセサリーを販売している人がいました。

 

自分の作ったものに自信が持てず、

ブログも、人目を気にして書いている日々。

 

売れても、安さとスピードばかりが求められて。

 

なんだか、疲れてしまったな…

もう、潮時なのかもしれない……

 

そんなときに訪れたこの場所で

ぽつぽつと話しているうちに

 

ふと、

転がり出た言葉。

 

それはずっと思っていたけれど・・・

決して、人前で話してはいけないと思っていた言葉でした。

 

 

なのに、その瞬間、

 

「そういうのを書けばいいじゃないですか!」

 

なぜか、目を輝かせて。

 

変でいきましょうよ!」

 

思わず声に出して笑ってしまった。

 

それまでは、普通だったり、八方美人、当たり障りない人を演じていた。

もっと一般的に、普通にならなければ、売れるわけない、仕事になんかなるわけないと思っていたから。

 

でも本当は、

もっと伝えたいことが、ある。

 

そうしてすこしずつ、言葉が変わっていき

気づけば、数万円のアクセサリーが、自然と旅立っていくようになっていました。

 

 

 

ときおり、見失ってしまう日がある。

 

だから、何かに、すがりたくなって

こうあるべきや、こうしなければならない

だれかの決めた、一般的なものに、引っ張られて

 

 

でも本当は…

 

ずっと迷っていたのは

ずっと苦しんでいたのは

 

それに違和感を持ち続けていたからかもしれません。

 

 

 

だからこそ。

 

日常から離れて、

自分が本当はどうしたいかを、自分の中にたずねてゆく時間へ。

 

家にいながら、
ふと隠れ家を訪れるようなその時間は、

7日間、少しずつ文章で届きます。

 

 

 

――で生きる事ができるかもしれないという希望を感じました。」

「好きなことを書いていい。自分も楽しみながら、ささやかでも人のお役に立てる。
これって、すごいですね!」

「どこをみても、小さなスマホの世界は、これでもか!というくらい速さばっかり競ってて、目から耳から、消化できない脂っこいものばかりねじ込まれる感覚なんですが…

千聖さんの『靴脱いで、上がって。ゆっくりしててください』みたいな空気感は、本当はみんなも待っている場所であるような気がしています。」

 

 

 

 

隠れ家のとびらは、そっと、あいています

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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