プロフィール

コスモスと夕陰

はじめまして!!

空飛ぶライター千聖(ちさと)と申します。

空飛ぶというのは、比喩じゃなくて現実に飛べますが、それはまた別の機会で。

 

夏が大好きで、夏が来るたび動悸が激しくなり、水に飛び込みガチ泳ぎしたくなる習性を持っています。

あとアニメとかゲームとか本とか漫画とか物語を受容するのが趣味です。あとは車を運転して田舎にひきこもったり旅行したり洞窟探検したり、妄想暴走したりするのが好きです。お酒も好きであごに消えない傷を負いました。

 

でも、それよりも。

 

家にひきこもって、ほどける甘さのケーキとほんのり香る紅茶を机にセットして、思いついた時に書きとめられる5色の付箋がついたノートを開いて、お気に入りのアニメ絵のデスクトップ画像のパソコンを開いて、どこかの喫茶店みたいなオルゴールのBGMを流しながら。

 

文章を書いているときが、一番好きです。

そしてそんな生活を朝から晩まで飽きもせず送っています。寝るときと食べるとき以外は、にやにやしながらほとんどパソコンに向かって好きな文章を書いています。

 

そんな私を一言であらわすならば・・・

 

 

「平凡模範」人間です。

 

 

私は小学5年生から物語を書きはじめました。周囲への当たり障りは良いけれども、そのせいで没個性しがちな人間でした。真面目で、おとなしい。何の問題も起こさない代わりに、誰の記憶にも残らない。

 

事実、成人式では、当時良く一緒にいた人すらも私の名前を忘れていました。

先生や、親にすらも気に入られたいがために、ひたすら良い子を演じ続けていました。

 

演じれば演じるほど自分自身を見失い、さらに集団の中にうもれていく。いつしか自分自身が消えてなくなってしまう。そんな漠然とした不安をいつも抱えていました。

 

時々、ちゃんと言いたいこと言えばいいのにと言うべきことを言ってくれる人にも出会いましたが、言いたいことを言おうとすれば、なぜだか涙が出てしまって、「泣くな!泣いてたらわからんだろうが!」と怒られては嗚咽でしゃべれなくなってしまっていました。

 

家族に問題があったわけではありません。ごくごく普通の家庭だったと思います。私は確かに親にも兄弟にも愛されていました。けれどもなぜか、私は良い子でいるために自分自身を見失っていきました。

 

 

そんな私が出会ったのが、「小説を書く」ということでした。

 

 

 

誰にも何も言えないけれど、小説にだけは私自身が存在しました。

私の言いたいこと、

私の語りたいこと

小説のキャラクターを通して私は発言しました

 

書いていれば自分の想いを素直に言う事が出来ました。今まで考えていた想いを、初めて綴った手紙を見て、母は泣いていました

書いている時だけ私は素直になれて、書いている自分は確かに自分だと思えたのです

 

たとえ毎日どんなに自分を偽り続けても、書くときだけは私になれた私は書くことにのめりこんでいきました。

 

 

「小説家になりたい」

 

そう思うようになったのは、自然なことだったように思います。

 

高校も、大学も、すべては小説家になるために選択しました。

いつか小説家になってやるのだという想いを胸に生きてきました。

けれども、出版賞に応募しても落ちる手紙がくるばかり。

 

 

大好きな本を読んでは心が痛みました。私にはこんな文章は書けない。

こんな話は書けない。

そして、そんなの無理だよという言葉が増えていきました。

 

 

さらに追い打ちをかけるように大学卒業という現実が目前に迫り、私もみんなと同じように就職活動をしました。

小説家になるというのは現実的ではない。少なくとも今はまだ、何かしらの方法で稼がなければならない

 

けれどせめて、小説家につながる会社、仕事を選びたいそう思って出版社や新聞記者などに応募しましたが、全て落ちました。

 

 

そして、最後の最後で私を拾ってくれた会社に潜り込みましたが、まるで宗教団体のような会社でした。

妄信的にトップの言う事に従い、それを下に押し付ける。私の仕事は、1年目から、理不尽なトップの言うことを代弁する仕事でした。

 

 

毎日毎日、納得がいかないことをしなければならない。言わなければならない。

 

でも自分自身が納得していないから、それを下に伝えるためには、心を殺す以外に方法はありませんでした。それでもこれが仕事なのだと、大人になるという事なのだと。

 

そんなふうに自分に言い聞かせて働きました。そんな生活を続けているうちに心の中がからっぽになっていきました。今まで小説を楽しんですらすらと書けていたにもかかわらず、何も書きたいことがなくなっていき、しまいには本当に何も書けなくなってしまったのです。

 

 

ペンを取るのもパソコンに向かうのも苦痛になっていきました。

 

 

大人になると思春期が終わって、書けなくなる人がいるそんな話を聞いたこともあって、「ああ、やっぱり私には無理だったんだ」「現実を見て生きていくしかないんだ」

絶望でした

恐怖でした

私の存在意義がなくなってしまった気がして

私がこれまでやってきたことはなんだったのだろう

私はこれから、ずっとこの大嫌いな仕事を続けていくしかないのか

私は毎日満員電車でうつろな目をしている大人たちの一人になるのか

 

それでも生活するためにはお金が必要です。

ただただ出社するためだけに毎朝起きて、電車に乗りました。

完全に無気力でした。

ミスも増えて、怒られるだけの毎日になりました。

 

けれど、とある日、上司の気分で正規の休日が奪われました。

 

 

給料以外で私のモチベーションを保っていたのは、もはや休日だけでした。

しかし、それさえもあっさりと奪われる。とうとう何かが音を立てて切れました。

 

もういい

こんな会社辞めてやる

 

私は、勢いで退職届を提出しました。完全に頭がおかしい選択です。若気の至りです。今思い返しても、笑っちゃうくらい幼稚な決断。

 

 

でも、後悔なんてしていません。

それからなんです、私の人生が音を立てて違う方向へ動き出したのは。

 

会社を辞めると退職届を突きつけてしばらくたった時から、なぜだかまた書けるようになったのです。書きたいことが自然とあふれてきて、自由に真っ白な紙に私の想いが綴られていく書いているだけでほんとに時間なんてどうでもいい。ほんとに、幸せ。

私はひたすら手を動かしました。手が言葉に追いつかない。

ちょっとたどたどしくなっているけれど、それでもこんなに私の心は叫んでいたんです。

 

 

ああ、やっぱり私書くこと好きなんだな

諦めたくない

 

 

心の底からそう思いました。

そう思えたことは果てしない喜びでした。

 

 

 

もう二度と、この気持ちを、

この想いを、この書きたいという、

大好きだと言うこの気持ちを手放したくない。

 

 

 

毎日毎日書き続けていたい。

 

 

ほんとうに、最初はただそれだけで良かったんです。

細々と書き続けて、夢を見ていられるのならば、それだけでよかったはずだったのに。

 

でも、それすら叶えられないこんな世界ならば。

 

 

 

変えるしかない。

 

 

 

そこからです。決死の覚悟で、インターネットビジネス、アフィリエイトの世界に飛び込みました。

なけなしの全財産を投入してコンサルを受けました。飛び込んだ世界はあまりに常識とかけはなれていて、めまいがしました。

 

嘘でも偽りでもない、そこは紛れもなく「夢を叶えた」人々がごろごろいる世界だったのです。

そうして、わたしは、その世界でとんでもない方法を知ったのです。

 

 

それは、趣味ブログを「コツコツ」更新すれば、誰でも月10万円稼げるようになる方法でした。

 

 

 

趣味ブログってことは、好きなことを書くことが出来る。

そして、お金になる・・・・

 

あれ?それって、物書きだ!!!!

 

 

そしてその方法を教えてくれたのが、ただのニートに落ちぶれた私を拾い上げ、趣味ブログで稼ぐ方法を教えてくれた、今の師匠であり、仙人だったのです。

 

 

 

私が仙人から教わった「好きなことを仕事にする方法」コンサル内容を、許可を頂いて特別にメールで公開しております。

文通してみる。

 

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